「賞に入る(受賞する)とは、どういう事なのか」(その1)

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(※この写真はイメージ画像です。本文とは関係ございませんので)



今日の内容は、ちょっと過激になるかもしれないです。

気の弱い方とか“公募展出品が命”の方とかは
あまり読まれない方がいいかも、ですね。
では、始めましょう。


まず断っておかなければならないことは、こういうテーマについて、
ちょっと批判めいた事を書くと、「きっと公募展出品に際して快く思ってない」とか、
「賞に入ることを良く思っていない」という風に、思われがちなんですが、
そうではありません。

決して、「賞に入ることはいけない」と言ってるんではないということです。
そこは明確にしておかないといけないので。


公募展に出品して賞に入るのは、素晴らしいことです。
努力して技術をマスターして、更に磨いた上で受賞したモノは、
とても価値のあることです。

以前にも書いた事があるかもしれませんが、
「賞に入ったら、すべて薔薇色か」といえば、そうじゃありませんよね。

受賞と同時に、それに見合うだけの責任が付いてきます。
それは、否応なしに、付きまとうモノです。

大きな公募展になればなるほど、後進の育成とか伝統の継承とか
陶芸界の発展などなど、様々な場面で、役割を求められるのです。

でも、陶芸界の発展に関しては、あまりにも疎かにされている現状があります。

「自分さえ上手くなりゃ、それでえぇ」という考え方も当然あるでしょうが、
そればっかりでは、陶芸界は拡がっていかないですよね。


陶芸をやらなくても、「なんか手作りのマグカップっていいよね」、
「手作りのお茶碗で食べると美味しく感じるね」みたいに、
手作りの良さを陶芸をやらない人々にも伝える必要があるハズなんです。

面倒くさいことですが、そういうことも「賞に入った」方たちがすべき
役割の中にあると思ってます。


また「賞に入る」ということは、受賞作品がイイというのは当然ですが、
それだけじゃなくて、“受賞者には、受賞作品の様な作品が作れるだけの能力がある”
ということでもあるんです。

そうなれば、“たまたま”では、ダメなんですね。
それに、ちょっとの間しか努力せず、あまり磨かず、でもダメなんですね。

いつでも、80点以上の作品がコンスタントに作れる必要があるし、
キャリアの浅い方から質問を受ければお答えもしないといけないですし、
そのくらい「重み」のあるモノなんです。


なので、「受賞するのはイイことなんですけど、それだけじゃないんですよ」
ってことです。


たまにはこんな事について考えてみるのも悪くはないと思うんで、
またいつか続きをと思ってます。


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by tano4sou | 2012-11-22 23:37 | 雑感
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