たまには“練習”を、取り入れてみよう。


最近、陶芸仲間と話している時に、無意識に出てきたことがあります。

「いつも作品を完成させようとせずに、たまには失敗してもいいから、
思い切ったことをやってみましょうよ。」


陶芸をするからには、誰しも「イイ作品」を作りたいと思うモノです。

で、陶芸教室とか公民館活動とかスケジュールが決められた中で行うので、
どうしても、「失敗はしたくない!」という気持ちが働きますから、スポーツで
云うところの“試合”みたいな感覚で、最後まで作陶されます。

それは決して悪いことではなくて、必要なことなんですけどね、
なかなか“殻を破って”という点においては、弱いかなと思います。


先日お聞きしたある方の、信楽への陶芸研修旅行での話はとても
興味深いモノでした。
それは、信楽の陶芸体験をさせてくれる工房での話です。

陶芸体験ですから、時間に制約があるわけですよね。

その限られた中で、「さぁ何を作ろうか?」というところから始まって、
日頃は細かい装飾などを施される方ですが、如何せん時間がないので、
じっくり考えずに、感性の赴くまま作陶されました。

で、どうにか細長い掛花ができたそうです。

出来上がりをご覧になられて、「結構面白い作品に仕上がった」と
おっしゃられていました。


終わりの時間が決まってて作陶するというのは、ある意味では、
“練習”に、近い感覚ですよね。

いつもと違う訳ですから。
錘をつけてるのと同じように、「負荷」をあたえてる訳ですからね。

ですからね、わざと「負荷」をあたえて作陶をしたらいいと思うんですよ。

例えば、先ほどの話のように、“時間を区切って作陶してみる”、
“削る時などの手数を少なくしてみる”、“いつもは写真や本を見て作っていたら
数十分か数時間頭に叩き込んで、作る時には何も見ずに一気に作ってしまう”
などなど、考えればいくらでも出せるはずでしょうからね。

仮に失敗しても、上手くいかなくてもいいんですよ。

なぜなら、“練習”だから。

それにそれは「失敗」ではなくて、ひとつの経験。
その方の「財産」でもあります。

こういう地道なチャレンジが、いずれ活きてくると思いますね。

「新しい自分に出会える」かもしれないし、または「より上のステージに
引き上げてくれる」かもしれないです。



※この画像は、手造りの霧吹き。上記の文章とは、関係ありません。
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by tano4sou | 2013-02-10 19:16 | 雑感
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