カテゴリ:雑感( 39 )

「伝統について考える!」、なんちゃって。


最近、ちょっと変わった雑誌を手に入れました。

「芸術新潮」2000年1月号。

芸術新潮は名の知れた雑誌なので珍しくありませんが、この「2000年1月号」が
珍しいんですよね。

と云っても、あくまで個人的になんですけどね。

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何が珍しいかと云うと、今号の特集記事ですね。

『 書と花の達人が語る 伝統とは何か? 』

一般的には、芸術家や作者或いは作品などにスポットを当てて掘り下げ、
紙面を構成してると思うんですけどね、それがいきなり、「伝統とは?」ですから、
珍しいなぁと思ったんですよね。


そしてそもそも、「伝統」について知りたいと思ったきっかけは、
ある陶芸家さんの言動からでした。

「私は工芸、伝統工芸が好きなんです」というようなニュアンスが会話中に
感じられたので、これは、良い悪い、正しい正しくないは別にして、
自分なりの考えをまとめる必要があるなと思ったからですね。

今までの「伝統」についての認識は、「ただ同じことを継続するだけが伝統ではない」
とか「新しいモノも取り入れていき、結果長きに渡って続いたことが伝統になる」
といった程度でしかありませんでした。

だから、何でもいいから知りたかったところに、「芸術新潮」と出会ったというわけです。


で内容はというと、「伝統」について、石川九楊さん、川瀬敏郎さん、福田和也さんの
座談会を通して、明らかにされていくようです。

私の頭で理解出来るかどうかは分かりませんが、これから読んでいくのが楽しみです。


しかし、この「芸術新潮」って雑誌は、スゴイですよね。

昭和25年に創刊されて、この号で「創刊50周年」ですって。
恐れ入りました、です。
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by tano4sou | 2012-12-08 23:59 | 雑感

焼き物の楽しみ方の一考察。


先日、ある陶芸家さんと話をしている中で、
ちょっとした気付きがありました。

それは、陶芸の楽しみ方におけるもので、とっても簡単なこと。

難しいことではなくて、聞いたら「なぁ~んだ」って思うかもしれないです。

何だと思いますか?
ちょっと考えてみてください。

それに、楽しみ方って人それぞれなので、「これだっ!」って
一つに絞ったとではないですけどもね。


その陶芸家さんから教えられたことは、
『 陶芸をしている過程を楽しめるか 』 ってこと。

作品を作っていれば失敗もするし、思うようにならないことは、
しょっちゅう起こりますよね。

そんな状況も楽しめるかどうかが、分かれ道なんですよね。

「出来上がり(焼き上がり)しか興味がない」、
「イイのが焼き上がらなければ面白くない」、だけだと
しんどいし、つまらないような気もしますよね。

もちろん、良い作品を作ろうと追求し努力することは、とても大事です。


結果だけじゃなくて、 「結果をも含めた過程まで」 をトータルに、
楽しんじゃおうということです。

陶芸や焼き物は完成まで割と時間のかかるものですから、
完成(焼き上がり)の瞬間だけよりも製作全体を楽しんだ方が
イイじゃないですかねぇ。

今までとは違う世界が見えてくるかもよ、です。



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by tano4sou | 2012-12-04 21:51 | 雑感

「プロ」と「アマ」の違いって、何なの。



最近、「?」 と思う事がありました。

「プロ」でない方が、とある陶磁器販売イベントで作品を売ると云う。
(※ご自身がプロ陶芸家とは云っていないので。)

プロの陶芸家なら自分の作品を販売するのは、当たり前だけど、
アマチュアだとどうなんだろうか。


実際、アマチュアの人でも自分の友達に分けてあげたり(有料で)、
頼まれたモノを作って代金をもらってしています。

けどそれは、友人だとか知り合い、或いは作っている人の関係者とか
クローズドな人間関係の場合。

先程の陶磁器イベントみたいな、オープンな不特定多数を相手にする
人間関係の場合だと、なんか違和感を覚えてしまいます。


そこで、そもそも論なんですが、『「プロ」と「アマ」の違いって何なんだろう?』
というタイトルにも書いた疑問が湧いてくるんですね。

単純に考えていくつか挙げてみると、
販売してお金を取るのが「プロ」。
公募展などに出品して賞に入り、一定の技術を持っている人が「プロ」。
自分の考えを持っていてオリジナルの作品を作る人が「プロ」、などなど。

どれも間違いではないけども、「プロだけ」とも言えない。


逆に、「プロ」や「アマ」といったことは、気にしなくてイイ、気にする必要がない。
「プロ」も「アマ」も関係なく、ボーダーレスで何でもアリでイイじゃん、
という意見があるのかもしれない。

でも、それもどうかなぁと思いませんか。

じゃないと、締まりのないことになりそうでね、
最低限の線引きは必要だと思いますね。

例えば、 “潔さ” とか ”覚悟” みたいなモノは。

はっきりとした「プロ」と「アマ」の違いを表すのは、なかなか難しいことなんだろうけど。




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( この作品は、末宗工房さんのお皿です。 ) (※本文とは関係ありません。)
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by tano4sou | 2012-11-30 21:21 | 雑感

「賞に入る(受賞する)とは、どういう事なのか」(その1)

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(※この写真はイメージ画像です。本文とは関係ございませんので)



今日の内容は、ちょっと過激になるかもしれないです。

気の弱い方とか“公募展出品が命”の方とかは
あまり読まれない方がいいかも、ですね。
では、始めましょう。


まず断っておかなければならないことは、こういうテーマについて、
ちょっと批判めいた事を書くと、「きっと公募展出品に際して快く思ってない」とか、
「賞に入ることを良く思っていない」という風に、思われがちなんですが、
そうではありません。

決して、「賞に入ることはいけない」と言ってるんではないということです。
そこは明確にしておかないといけないので。


公募展に出品して賞に入るのは、素晴らしいことです。
努力して技術をマスターして、更に磨いた上で受賞したモノは、
とても価値のあることです。

以前にも書いた事があるかもしれませんが、
「賞に入ったら、すべて薔薇色か」といえば、そうじゃありませんよね。

受賞と同時に、それに見合うだけの責任が付いてきます。
それは、否応なしに、付きまとうモノです。

大きな公募展になればなるほど、後進の育成とか伝統の継承とか
陶芸界の発展などなど、様々な場面で、役割を求められるのです。

でも、陶芸界の発展に関しては、あまりにも疎かにされている現状があります。

「自分さえ上手くなりゃ、それでえぇ」という考え方も当然あるでしょうが、
そればっかりでは、陶芸界は拡がっていかないですよね。


陶芸をやらなくても、「なんか手作りのマグカップっていいよね」、
「手作りのお茶碗で食べると美味しく感じるね」みたいに、
手作りの良さを陶芸をやらない人々にも伝える必要があるハズなんです。

面倒くさいことですが、そういうことも「賞に入った」方たちがすべき
役割の中にあると思ってます。


また「賞に入る」ということは、受賞作品がイイというのは当然ですが、
それだけじゃなくて、“受賞者には、受賞作品の様な作品が作れるだけの能力がある”
ということでもあるんです。

そうなれば、“たまたま”では、ダメなんですね。
それに、ちょっとの間しか努力せず、あまり磨かず、でもダメなんですね。

いつでも、80点以上の作品がコンスタントに作れる必要があるし、
キャリアの浅い方から質問を受ければお答えもしないといけないですし、
そのくらい「重み」のあるモノなんです。


なので、「受賞するのはイイことなんですけど、それだけじゃないんですよ」
ってことです。


たまにはこんな事について考えてみるのも悪くはないと思うんで、
またいつか続きをと思ってます。


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by tano4sou | 2012-11-22 23:37 | 雑感

ちょっと使い勝手は悪いカレンダーなんですが‥‥。



11月もあと10日ほどで終わり、12月(師走)ももうすぐそこまで。

クリスマスの準備だったり、年賀状の手配だったり、年末年始の準備も
自ずとピッチが上がってきます。

となると中には、来年のカレンダーをいただいた方もいらっしゃるんじゃ
ないでしょうか。


陶芸業界では、注目を集めるカレンダーがあります。

このカレンダー。

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縦約103×横36㎝サイズという、長~いカレンダー。
ひと月に6個づつ茶碗が掲載されているので、年間72個もあります。

毎年、陶芸をされてる方が毎年このカレンダーを見た時に、
よく言われることが実はあるんです。

「このカレンダーを見本に作品を作っていったらエエなぁ~。」 とね。
作る度に考えなくても、毎月載っている作品を参考にして作ればいいという
発想ですね。

でも毎月6個づつ違うモノを作っていくというのも、なかなか大変なんでしょうね。

作り始めてほんの数カ月で挫折してしまわれるのが、ほとんどのようですから。
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by tano4sou | 2012-11-20 22:58 | 雑感

陶芸・焼き物には、「書」の心得も役に立つ。


サラリーマン時代に勤めていた会社の社長と久し振りに会いました。

今度、発表会をする計画なので、“作品に対する意見を聞かせてほしい”と。
私なんかに聞いても、大したことはないと思うんですけど、
第三者の意見を聞きたいという気持ちは解らなくもないです。

発表するのは、「書」。
でも、俗に云う、一般的な書道とは違います。

それは、独学で書をかき綴ってきたこととか、「オモシロイか面白くないか」
「あじがあるか、ないか」といった物差しで観るような作品なので‥‥。

字の“上手い、下手”とは関係ない作品なんですよ。

例えば、作品はこんな感じ。

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これは、かつて社長時に書いていた作品。
発表会の候補作品のひとつです。 (もちろん折りジシワはとられると思います)
どう感じられるかは、人それぞれあるでしょうが、個人的には“好き”です。

それからこのような作品も。

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これも以前、会社を経営していた時にかかれた書。
写真では伝わってるかわかりませんが、エネルギーに溢れた作品です。

拝見させてもらった内では、最近の書よりも昔にかかれた書の方が、
断然いいなぁと感じましたね。
個人的には、ですよ。

それは、一つには、昔の方がエネルギーに溢れていたこと。
二つ目は、写真のように「一文字」だけとか「ワンフレーズ」のみが多くて、
作品の中に空間があったこと。
三つ目は、経営をしてる中から溢れ出た言葉を書いていたこと。

それに引き換え最近では“世捨て人”みたく、悠々とした生活を送られてますし、
全てを伝えようとして、やや文章が長いような書になっていたりしますので、
魅力が無くなってるのは、ある意味仕方のないことかなと思います。。


そこでふと、気付きました。

これって、「書」に限ったことじゃないな、と。
陶芸や焼き物にも、十分通用することだと思います。

作陶する時には、心の在り方、取組み方が大事だし、
絵付けなどでは“空白”や“間”が重要。

それに、全てを伝えようとするんじゃなくて、「半分若しくは三分」くらいで
丁度なんだということ。

すると、観ている人が自分自身に振り返って色々と感じて、
作品に思いを馳せることができる。

つまり、出来るだけ要らないものは削ぎ落して、残ったモノを
磨かないといけないんですね。
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by tano4sou | 2012-10-30 23:45 | 雑感

「工芸」について思うこと。



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日本伝統工芸展を主催している「日本工芸会」は、工芸の大元締です。
昨日の木村知子さんも、れっきとした日本工芸会の正会員。
日本伝統工芸展に累計で4回入選しないとなれないものですから、
正会員は重みがあります。
全く縁のない私にとっては、感心するばかりですが‥‥。


ここで、ちょっと工芸についてお勉強。
ウィキペディアによると、「工芸」についてはこう書かれてあります。

「工芸(こうげい)とは、実用品に芸術的な意匠を施し、機能性と美術的な美しさを
融合させた工作物のこと。多くは、緻密な手作業によって製作される手工業品である。
あくまでも実用性を重視しており、鑑賞目的の芸術作品とは異なる。
ただし両者の境界は曖昧であり、人によっても解釈は異なる。」

と、なっています。

今度は「工芸」を英語で云うと、industrial art または handcrafts 。
また「工芸品」は 、craft products 或いは a craft object 。
さらに「伝統工芸」は、 traditional craft または traditional handcrafts 。
なんか、craft という言葉が、よく出てきますね。

それから、最近良く耳にする、“こじゃれたデザインの器”というようなイメージが
浮かんでくる「クラフト」。

「craft(=工芸)」と「クラフト」。
英訳すれば、クラフトとつながる工芸ですが、実情はかなり差があるようです。

実用品というのは同じですが、装飾を施したり美しさを追求したりする取り組みは、
かなりの差があるように思えますね。
それに、長年に渡って技術を習得したうえに緻密な手作業によって表現して
いくものですから、それを考えれば全く別物と云えそうです。

イメージ的には「クラフト」は、お手軽な感じがします。
日常生活により馴染んでいそうだし、誰にでも受けいられやすい
もののように感じます。

どちらが良い、悪い、と云うもんじゃありません。
好きか、嫌いかという程度の感覚でしょうか。


陶芸・焼き物には、工芸的な要素、クラフト的な要素の他にも、アート的、
美術的な要素もあります。
もっと細分化すれば、オブジェ、インスタレーションとか茶陶、日用食器とか、
これまたいろいろな括りがあります。

まさに表現の幅の広さが、陶芸・焼き物の特徴の一つと云えそうですね。

ちなみに、木村知子さんは伝統工芸が大好きなんですって。
当たり前と云えば当たり前ですが。
これからも、伝統工芸の分野で表現していかれるようですよ。
じっくり見守っていきましょう。
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by tano4sou | 2012-10-25 23:19 | 雑感

「魂を揺さぶられて」。

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                    (織部縄文瓶)


日曜美術館のサイトを見てましたら、『「東京国立近代美術館開館60周年記念展」×
「日曜美術館」作品にまつわるエピソードを大募集』と云うコーナーがあったんです。

でそちらのサイトに飛んで見ましたら、東京国立近代美術館の60周年を記念して、
「美術にぶるっ ベストセレクション 日本近代美術の100年」展が開かれるに際して、
「東京国立近代美術館開館60周年記念展」と「日曜美術館」が組む番組を企画し
(12月2日放送予定) 、 みなさんの“生の声”をもとに、番組をすすめるとありました。

そして本題はここからですが、“東京国立近代美術館の作品で、 「あなたがぶるっ!と
ふるえた(=感動の)エピソード」を教えて下さい。”と、案内されていました。

もし東京国立近代美術館に出かけらことがおありの方は、「 東京国立近代美術館
60周年記念特別展 美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年」
サイトを訪れて、アンケートの協力をされてはいかがでしょう。
きっと、喜ばれる筈ですからね。


で、私が引きとめられたのは、「美術にぶるっ‥‥」というタイトルの、“ぶるっ”です。
(かなり前ふりが長かったんですけども、ようやく本題へと入っていけますね。)

焼き物好きでもあるし、焼き物に関しては貪欲に見てみたい気持ちは当然
あるんですが、中でも“魂が揺さぶられる作品”には、出合えたいなぁと
思ってるんです。

それが、私の中での「イイ作品」の定義でもあるんですね。

以前、立杭焼の郷にある「兵庫陶芸美術館」で開催されていた『岡部嶺男展』を
見た際には、本当に“魂が揺さぶられた”ような感覚を味わいました。

それ以来、私の中では“魂が揺さぶられた”というのは、とても大事な
キーワードになりました。

なので、「美術にぶるっ‥‥」というタイトルを見た際には、
『あぁ~、おんなじような表現してるぅ~。』と、とても嬉しくなったもんです。

なかなか、“魂が揺さぶられた”とか“美術にぶるっ‥”ということに、
共感できることはなかったんでね、自分の気持ちを理解していただいた
ような気になりましたね。


それに、“<陶芸・焼き物応援ブログ>やきもの見聞録”を書いていても、
陶芸や焼き物をせずに見て楽しむだけというのは、どこか肩身の狭さは
感じていたんですよ。

作っている人と見て楽しんでる人とでは、やはり楽しみ方が違ってますからね。

“土は何?”“釉薬は?”“どうやって作ってるの?”などなど、作られてる方に
とっては大事なことなんでしょうけども、見て楽しんでいる者にとっては、そこに
大きなズレを感じてましたし、また寂しさも感じてました。


ですから、“魂が揺さぶられた”とか“美術にぶるっ‥”というキーワードには、
これからも敏感に対峙したいと思いますよね。


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                (古瀬戸灰釉縄文瓶)
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by tano4sou | 2012-10-21 23:58 | 雑感

「臘扇工房」の、本当の意味とは 。


「臘扇工房」と云う、陶芸家さんの工房があります。

「臘扇工房」。
聞き馴れない言葉です。
また、難しい漢字も使われてるし、わかりにくいですね。

「臘扇」の意味は、「12月(臘月)のおうぎ」。
つまり、“役に立たないもの・無用のもの”という意味。

元々は、明治時代の哲学者・仏教者である清沢満之さんが『臘扇記』
という日記の中で、記したものです。


焼き物を作ってらっしゃる作家さんが自分の工房に、上記のような名前を
付けるなんて、おかしくないですか。

「役に立たない工房」ということですよ。
絶対、おかしいですよね。
どうしてこう云う名前を付けられたんだろうと個人的には思ってました。


ところが、本当の意味合いはそんなに単純なモノではなかったんですよね。

清沢満之さんが『臘扇記』と名付けられたのも、ただ単に“役に立たないもの・
無用のもの”として書きつづられたのではなく、自戒の言葉として、
記されてたんですね。

自分への戒めの言葉。
本来の意味合いは、“役に立たないもの・無用のものにならないように”
ということですよね。

とても意味深い言葉です。

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その「臘扇」を工房名にされてるぐらいですから、陶芸家さんの焼き物に対する
姿勢や信条などが垣間見えてきそうです。

変なモノはつくられないでしょうし、安心して使えそうです。

きっと、イイ仕事されるんでしょう。
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by tano4sou | 2012-10-15 23:58 | 雑感

最近届いた個展DMについて感じたこと。


天高く馬肥ゆる秋。
気候がいいので、食べるものも美味いし、体を動かすのもイイ。
どこかへ出かけるのも、もちろん良いです。

当然、焼き物の展覧会に出かけていくこともそのうちのひとつですよね。


先日、とあるギャラリーで行われる作家さんの個展DMが届きました。

今年の初めに、そのギャラリーのオーナーさんと知り合いになったので、
最近よく個展案内DMをいただいてます。

そのDMでちょっと気になったことがありました。
DM全体を出してしまうと色々と差し障りがありますので、一部を隠して、
抜粋したモノを載せますので、ご覧ください。
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「食器展」の前には、作家さんの名前が入ってるのですが、
私存じ上げない方なんですね。

まぁ知らないのはそれは仕方ないので構わないのですが、
どういう作家さんなのかが、全く分からないんです。

裏面には写真はあるのですが、作品の一部をアップで撮影した
イメージ写真っぽいアングルなので、これまたよく分かりません。

案内してくれるぐらいですから、面白い焼き物なんだろうとは思いますが、
いかんせん情報が少ないんですよね。

そもそも、この作家さんの顧客向けに作成したDMなんでしょうから、
あれこれいっても雄角違いなのかもしれませんが‥‥。

せっかく案内してくださるんであれば、そこのところの情報があれば
私も友達に紹介できるんですけどね。
勿体ないですよね。


それと、もう一点。
「普段の生活の中で使える食器を中心に展示・販売いたします。
 是非お越し下さい。」
というフレーズ。

これは、このDMの作家さんに限ったことではなく、作家さん全体に云えることだと
思うんですが、やはり、このフレーズで人を個展に来させて作品を購入させるのは、
非常に難しい、と感じたことです。

昔と違って今は食器に使うモノは、陶器や磁器だけでなく
様々な素材のものがあります。

単なる用途、機能としてだけでは、作家さんの食器は買われてないハズなんです。
そうでなければ、数千円も出して買わないですよ。
百均でも、それなりのものは売ってるわけですから。

ということは、「用途、機能」以外の何かを求めてるんですね。

作品に対して誰しも、「カワイイ」とか「スタイリッシュ」とか「手にしっくりくる」だとか、
それぞれ何かの良さを感じて、そして購入していると思うんですよ。


そうならば、「普段の生活の中で使える食器を中心に展示・販売いたします。」
だけでは、弱いです。
全然、伝わらないですね。

「その食器を使うとどうなのか。楽しいのか、気分がいいのか。」。

或いは、 「心が落ち着いたりするものなのか。」


そこのところをうまく伝えていかないと、このご時世、人も集まらないし売るのも
難しいんじゃないかなと、個展DMを眺めて感じた次第です。

感じたことはそう長くないんですけど、文章にすると状況説明とか
必要になるので、えらい長くなってしまいましたね。

どうも、スイマセンです。
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by tano4sou | 2012-10-10 23:42 | 雑感