カテゴリ:雑感( 39 )

陶芸や焼き物は、過去からの積み重ねの上に成り立っている。


ちょっと長ぁ~いつぶやき。
辛辣なことも書いてるので、心臓とか悪い方は読まない方がいいかもね。
では、さっそく。


10月08日のテレビ等での、山中伸弥教授の「ノーベル生理学・医学賞」受賞の
報道を見て感じることがありました。

その中で、常に口にされていたのが「感謝」という言葉。
それは、家族であったり同僚や仲間であったり、あらゆる人たちに対して
述べられており、山中教授の人柄が垣間見えるようでした。

特に、同時受賞のイギリス・ケンブリッジ大学のジョン・ガードン博士に対しては、
最大級の賛辞を送られてましたね。
「間違いなく先生がいなければ私たちの受賞もなかった」と話されているところ
からでも、分かりますね。

「○○がいなければ今の自分はなかった」というフレーズは、「感謝」の気持ちを
端的に表していると同時に、重みのある言葉でもありますね。


翻ってこの陶芸・焼き物業界はどうか。

残念ながら、山中先生がおっしゃられた「感謝」という言葉を、どれほどの方々が
持っておられるのか。
甚だ疑問に感じることが多いです。

それは、陶芸・焼き物の技法において、顕著に出てきますね。

陶芸・焼き物の技法は、今までの先人の方々が試行錯誤してくれたおかげで、
確立されてきました。

確立するまでには大変な時間や労力が要った事とかしかも一人でやってきた
という事には、頭が下がります。

でも、そういう技法のほとんどは、一人だけの専売特許ではないはず。
今までの技術・技法があって、さらにその上に積み重ねてきたから、新しい技術や
技法が成り立っているのではないでしょうか。

決して、突然変異的に出てきたものではないと思います。


なのに、自分がうまく出来たものは人に教えない。
アドバイスもしない。
自分だけのモノにしておこうとする。

心情的には分かりますよ。
せっかく苦労してうまくできた作品(技法)だから、あまり教えたくはない気持ちは。

でもね、先人がいろいろミスしてくれたり経験してくれたから、今当たり前のように
使っている技法を基に、スムーズに陶芸ができてるんですからね。
これを、自分ひとりで全部確立しようとしたら、とてつもなく大変なことになります。


先ほどの山中先生の例ではないですが、陶芸・焼き物業界の先人の方々には、
「教えてくれるのが当たり前」とか「お金を払ってるんだから」という風には考えずに、
少なくとも「感謝」の気持は持ったほうが良いんじゃないかと思います。

そして、もう少し、謙虚にもなりましょう。

そうすればきっと、新しい世界が見えてくるし、陶芸や焼き物はもっともっと
「楽しい」モノになるんじゃないかと、思ってます。


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by tano4sou | 2012-10-09 23:43 | 雑感

陶芸・焼き物での禁句 『面倒くせぇ~』 に続く、第二弾とは。


以前、陶芸・焼き物での禁句として、『 面倒くせぇ~ 』を、紹介しました。

今日は、その第二弾になりますでしょうかね。

それは、 『 今日は、何を作ろうかぁ~ 』

陶芸教室の生徒さんとか公民館で活動される陶芸グループの参加者の方々が
よく口にされる言葉ですね。

そりゃあ、喋っても誰も文句は云わないです。
あくまで、口に出して文句は云わない方が良い、というぐらいのもんです。

どうして云わない方がいいのか。

結局、作る時に気分が乗ってないんですよ。
言い換えれば、テンションが上がってないんですよね。

活動日だからとか、せっかく来たんだからと云って土に触っても、
俗に云う “良い作品” には、ならないわけですよ。

だから、そんな時には思い切って「今日は止めておこう」と決断するのも、
いいことなんじゃないでしょうか。

無理に作る必要はないんです。
無理やり作らなければならない理由もないんです。


私の知ってる陶芸クラブの、あるご年配の女性の方の行動に、
感動したことがありました。
それは、次のような事でした。

その女性の方が夜中から土を練り、作り始めたんです。
そうしたら気分が乗ってきて、どんどん作っていき完成した時には、
夜が明けていたそうです。

つまり、夜通し陶芸をやっていたということですね。

陶芸に夢中になり、没頭していたんですね。

出来上がったその作品は、見るからに魅力的に映り、楽しそうな感じに
溢れていました。


それくらい気持ちが乗った時とそうでない時とでは違うので、
無理する事はないと思うんですよ。

そうなれば、図録とかを見て「この作品を作ろう」という決め方ではなくて、
四季の草花や季節や絵とか他の工芸品とか、様々なものから刺激を受けて、
心を動かされて作るモノも決定するようになるんじゃないでしょうか。

粘土にしろ釉薬にしろ、限られた資源なんですから、せめて、
「あぁ~、楽しかった」と気持ちが満足できるようにしましょうね。



※ 京都国立博物館で開催された「狩野永徳」展の看板
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by tano4sou | 2012-10-01 21:14 | 雑感

シェイプアップされたダルマさんは、とってもクール。



厳密に云うと、陶芸じゃないんですが、石の切れ端に
描かれたダルマさんの絵です。

「じゃあ、あんまし陶芸には参考になんないね!。」って、
思わないで下さいよ。

石の表面だって、紙ほどは描きやすくはないはずだし、
また、こういうタッチの絵だと陶芸にも通ずるはずですからね。

っていうよりむしろ、陶芸向きかもしれないですね。


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太い筆で一気に書いた線が何と言っても、“GOOD”。

刷毛目みたいに、勢いがあって、力強くてね。

とても単純な絵ですけども、逆にそれがこの太線の良さを引き出してますね。


陶芸では、細かい技法を駆使して細工を施した作品も多く見受けられます。
それはそれで評価の高い立派な作品ですのでオーケーです。

また反面、余分なモノを削ぎ落として作られた作品というのも、とても魅力的に映ります。

そう、「シンプルイズベスト。」

焼き物も人間も、シンプルなのがいいんじゃない?!。
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by tano4sou | 2012-09-14 22:43 | 雑感

陶芸、焼き物はもちろん好き。 それに、「書」 も。


部屋の中を片付けていたら、書が出てきました。

前の会社を退職する際に、そこの社長が書かれたモノを
いただいてたんですよね。

50~60㎝くらいある、大きなものだったので、軸にするか額にするか
決めかねていたら、そのままになっちゃってました。

すごく、懐かしい感じがしますね。


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「書道」の世界の人からみると、上手な書ではないかもしれませんね。
多分、下手な部類のモノなんだろうと思います。

誰かに習ったというのではなくて、社長も自己流で書いてましたからね。

でも、好きだったんですよ。

“上手い、下手”というのは関係無くて、思いが伝わってくると云うのか、
何か惹きつけられる“味”があったんですよ。

社長業の中で、自ら体験し感じた思いを言葉にしてましたから、
それは伝わってくるモノがいっぱいありました。

それは、取引先の社長さんとか担当者の方々もよく、社長の書いた書を
「欲しい欲しい。」と言ってたぐらいですからね。

そんな人たちの一人が私だったんです。


何かに突き動かされて、書いたり作ったりしたモノって、
やはり、人の心を打ちますね。

是非、そういう焼き物を見てみたいもんです。
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by tano4sou | 2012-09-05 22:58 | 雑感

真似されることは、良いことなんだ!。



木曜日夜10:00~放映されているテレビ番組に、
『カンブリア宮殿』という番組があります。

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ご存知の方も多いかもしれませんし、「昨日も見たよ。」という方も
いらっしゃるかもしれませんね。

私も昨日見ました。
滋賀県の近江八幡にある和菓子や「たねや」さんを取材した内容でした。

その番組の中で、大変気になった言葉、フレーズがありました。

それは‥‥、


『 真似されてなんぼ! 』。

ビックリしました。
こんなこと、言えるんですね。


「真似されるのは、商品が良いから真似される。」
だから、「真似されてこそ本物」と言いきれるのは、とても勇気のいる
ことじゃないかなぁと思いましたね。

そして、思い付きました。

「真似されていいんだ。」とも。


陶芸をされている人の中には、「仲間や友達に自分の作品をすぐ真似される。」
といってとても悩んだり、落ち込んだりしている方々が、いらっしゃいます。

その数は、決して少なくありません。

でも、この番組を見て、「真似されていいんだ。」と思えたんで、
今度会った際には、「真似されてもいいんだよ。」と伝えてあげたいですね。

「作品が良いから、発想が良いから、そうなるんだから、
全く悲観することはないよ。」って。


それに、真似するよりも真似される方が良いですものね。

真似をするという事は、つまりコピー作品を作ることですから。

その時点でもはや、オリジナル作品でなくなっているわけですからね。

もう「真似される」というネガティブな事にひきつけられないよう伝えてあげたいと、
思いましたね。


とても気持ちがゆったり、温かくなったひと時でした。
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by tano4sou | 2012-08-17 23:56 | 雑感

「作品を見る」という事と、「作業を見る」という事の違いとは。


今回は、作品の見方というか見る視点に関係する事について書いたものですが、
陶芸をされている方々にはちょっと耳障りな内容かもしれません。

あくまで個人的な見解でもありますし、「まぁ、こんな風に考える人もいるんだね。」
ぐらいに受け取っていただけたらいいのかも、です。


いつも感じることなんですが、陶芸をされてる方々は、美術館や個展会場では、
よく写真を撮ったり(個展会場で許された場合のみ)、やきもの作品を食い入るように
眺めていたりすることが多いですよね。

焼き物の勉強の為にされてるんですもんね。

でも、作品そのものは、あんまり見ていないことが多いように感じます。

「イヤッ、よく見てますよ!。」と反論されるかもしれませんが、
実際はそうじゃないことが多いですね。

それは、作品を見ているんではなくて、「作業を見ている」という事なんですね。


ねっ、一瞬「あっ!」と思ったでしょう。

つまり、「作業を見ている」とは、「土はなんだ?」とか「釉薬は何の釉薬だ?」、
「釉薬のかけ方は、どうやって掛けてるんだ?」とか「カタチはどうやって作ってるんだ?」
そういった行為に、目がいっている、意識がいっている状態の事ですね。

要は、それにしか興味が無いことですね。

また、個展会場に作家さんがいらっしゃれば更に、「何度で焼くんだ?」、
「何時間焚くんだ?」といった行為も、追加されますよね。

だから、陶芸の工程において全てですから、どんどん出てきます。
数えればキリがありませんね。

「確認したい」「知りたい」。
気持ちとしてはよぉ~く理解できますが、それだけではうまくいかないです。


「作業をみることはダメ」とは、言わないです。
そりゃあ、技術も追及しないと上達もしない訳ですからね、それも必要です。

要は、これもバランスの問題でね、もう少し「作品を見ましょう」という事ですよ。
「もっと作品を味わいましょう」ということですね。

作品を前にしたら、いろんな印象を受けるじゃないですか。
いろんな感情が湧いてくるじゃないですか。
この発想はどこからくるんだろうとか興味がでてくるじゃないですか。


まず、それをしっかりと受け止めましょうよ。

それから、自分なりに土とか釉薬とかのことを推測したらいいんですから。


今は余りに、作品と対峙した際の余韻に浸らなさ過ぎます。
心の内に生じた余韻を大切にしないと、周りの人の心を揺さぶるような作品は
できないんじゃないかなぁと、思います。


でもね、「あなたには、関係ないでしょ!。」って言われそうでもありますけどもね‥‥。


※ 先日お邪魔したお宅で、かな文字の書を掛軸(茶掛)にされてて、
   雰囲気が良かったので、撮らせてもらいました。


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by tano4sou | 2012-08-09 23:52 | 雑感

可笑しくて、笑っちゃった話、その1。


陶芸は個人・一人でされている方や、陶芸教室に通われる方。
また、公民館などで、陶芸をされてる方もいらっしゃいます。

公民館での陶芸の場合、講師の先生に教えてもらいながら、また参加者だけで
自主的にされてる場合もあります。

で、先生がいらっしゃる場合、教えてもらえるから良いと思われるんですが、
これが案外「クセモノ」なんですよね。


最近こんな事がありました。

まず「何を作ろうか」という時に役に立つことと云えば、やっぱり他人の作品を
見たり、陶芸雑誌を見たりすることですよね。

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お友達と陶芸雑誌を色々見ながら、「あっ、これがイイ。」とか「それは面白くない」とか
ワイワイ云いながら、作品を探してたんですね。

そしたら友達が「この作品が良いんじゃない」と云ったんです。

しかし、本人は「それは、ダメッ。先生が困るから。」

一瞬、「?」と思いましたよ。
でもすぐに、理解できました。

で先程の「クセモノ」というのは、ここの事です。

先生に見てもらう、チェックしてもらうと言いながら、結構先生の手が入るんですね。

最初はちゃんと作れないので、先生に手伝ってもらわないといけないですから。

でも、ひどい時には、長時間に渡って手が入ることもあるみたいです。
先生が作品を作っているのと同じ感じですよね。

雑誌の作品を見せると、そういう事が起きてしまうので、
「それは、ダメッ。先生が困るから。」と云う事になったんですね。

過去にもあったから、すぐに「ダメッ」て反応したんでしょうね。


でも、そこでの私の反応は、「自分で作るんじゃないんかい」って、心の中で
思わず突っ込みましたよ。

そして思わず、笑ってしまいました。

上手でも下手でも、陶芸って自分で作ってナンボと思ってたんですけど、
そうでもない陶芸もあるんですねぇ~。

不思議ですねぇ~。
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by tano4sou | 2012-07-23 23:46 | 雑感

ゲルニカの絵がありましたよ。


よくお邪魔させてもらうお宅の工房(陶芸の)というか、陶芸部屋で
珍しいモノを見つけました。

これがその撮影した写真ですので、ご覧ください。

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いつもの陶芸作品じゃないんで、ちょっとガッカリしましたぁ?。

だけど、わかる人は分かりますよね。
あの、ピカソが描いた「ゲルニカ」です。

当然、本物じゃないですよ。

本物の絵を撮影して、プリントしたものです。


この「ゲルニカ」は、1937年のスペイン内戦中に描かれた、
縦3.5m×横7.8mのサイズの大きさ。
色付けはされてなく、モノクロで描かれている。
反戦のシンボルとも云われた絵です。

先程の「ゲルニカ」の簡単な説明は、ネットで調べた情報ですし、
本か何かで『見たことはあります。』といった程度の認識。

全く、詳しい訳ではありません。


でもそんな事よりも、写真であっても「ゲルニカ」の絵が、
陶芸部屋にあるってことが、スゴクないですか?。

陶芸・焼き物というモノは、様々な要素が盛り込まれたものですから、
違うジャンルに興味を持ったり、触れたり、嗜んだりすることは、
とても大事なことなんじゃないかなぁと、思ってます。

何でもいいですから、異ジャンルの作品を置いてみましょうよ。

今までと違う雰囲気で作陶作りに、励めるかもしれませんよ。

「 レッツ チャレンジ 。」 ですね。
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by tano4sou | 2012-07-12 23:11 | 雑感

存在感ありますね、この龍は。


2012年も7月に入り、折り返しを過ぎました。
今年の干支「龍」の活躍もあと半年です。

こういう時期で何なんですが、面白そうな「龍」の置物を見つけました。

釉薬の掛かっていない、焼締めの「龍」。

こんな感じです。

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以前にもブログで書きましたが、干支の置物では、市販の石膏型で作ることが
よく見受けられますが、この作品はそうじゃないようです。

ハッキリ聞いたわけではないので、確かなことは分かりませんけども。
このテイストだったら、多分手ひねりですよね。

手ひねりだと、作り手のキャラクターがそのままでそうな感じ。
ちょっと鯉のぼりの雰囲気も感じさせるけど、ユーモラスで、愛らしさもあります。

キレイとか云うんじゃないけど、オモシロイね。


そうそう、顔のアップもいかしてるヨ。

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by tano4sou | 2012-07-09 23:17 | 雑感

土壁と備前焼の花器。


花を活けるには、花器が必要です。
それに、飾る場所も。

多いのは、やはり玄関かな。
あとリビングとか床の間とか。

いずれにしても、それなりの場所に置かれますよね。

でも、作業場、仕事場となると、花を活けるというようなことは
そう多くはないかもしれませんね。


ところが、お邪魔した陶芸家さんの工房には、花を飾ってありました。
陶芸家・香西三樹さんの工房です。

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夕方頃に撮影したので電灯の明りが強く影響して、花器や花の影が強く出ていますが、
とても雰囲気が良かったので、ブログにアップしました。

ちゃんと華道のルールに則って活けられた訳ではないでしょうが、
ラフに挿し込んだ感じだとは思いますが、妙に合ってましたよね。

土壁と備前の花器と花との組み合わせが、いい味出してるんですね。


花器をしょっちゅう見て仕事するというモノではないし、
人に見せてどうこうするというものでもない。

仕事に向き合うにあたって、気持ちを鎮める、リセットする、といったような、
精神的なモノなのかもしれないなと、勝手に思い巡らしたりしてますね。

逆に、当のご本人はそこまで深く考えてなく、やられているのかもしれない。

単なるルーティンぐらいの感覚で。
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by tano4sou | 2012-07-04 23:14 | 雑感